弁膜症手術
弁膜症疾患
弁膜症とは心臓の4つの部屋を仕切る「弁」に障害が起きて血液の流れがとどこおり、心不全を引き起こす病気です。放置すると突然死、心不全、不整脈など深刻な状態になります。健診での心雑音の指摘や普段の生活の中での息切れなどで見つかることが多いです。専門医の診断を受ければエコー検査などで正確な状態が把握できるので躊躇せずご相談ください。東京科学大学では内科と外科が一体となって「ハートチーム」を作り患者さんの治療にあたります。
ここでは、最近特に増加してきた「大動脈弁狭窄症」、「大動脈弁閉鎖不全症」と「僧帽弁閉鎖不全症」について述べます。先天性原因、加齢、動脈硬化、高血圧などがより病気を引き起こしやすいとも言われています。最後に弁膜症によく合併する心房細動について述べます。
1)大動脈弁狭窄症と大動脈弁閉鎖不全症
① 大動脈弁狭窄症の病態と治療法
大動脈弁狭窄症は日本で年間2万人以上が手術を受けているよくある病気です。大動脈弁が石灰化を引き起こし血液の通り道である弁が狭くなる病気です。治療法は2種類あります。外科的な大動脈弁置換術(AVR)と経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI;タビ)です。
AVRとTAVIにはそれぞれ利点がありますので、患者さんによく説明し、内科・外科が一緒になった「ハートチーム」で相談し、最終的に患者さんと一緒に治療方針を決定します。これを「Shared decision making;一緒に方針を決定すること」といって今心臓血管外科の手術を受けられる患者さんにとって一番重要なことです。ガイドラインでも強く推奨されていることなので、私たちはこの「Shared decision making」を大切にしています。
AVR
アプローチは正中切開とMICS(ミックス;右側の小さな(6~7cm)キズから手術すること)があります。患者さんのご要望や心臓や体の状態で決定します。AVRの場合、人工心肺装置を用いて心臓を停止させ石灰化した大動脈弁は取り除きサイズに合わせた人工弁を入れます。心停止中は心筋保護液を注入して心臓を保護します。それによって安心して手術が遂行できます。
人工弁には生体弁と機械弁がありますが、年齢(ガイドラインで推奨されている)や患者さんのご要望で選択します。手術の難易度は変わりませんので、手術の後のライフスタイルを考え選んでいただきます。とても大切なことなので担当医から丁寧に説明いたします。AVRは侵襲(体の負担)が大きいため回復までに少し時間がかかったりしますが、術後の心機能は良くなり、何より証明された良好な長期成績があるので、リスクの低い患者さんや比較的若い患者さんに向いています。MICSであれば体の負担は低くなりますので「いいとこ取り」の治療とも言えます。
TAVI
東京科学大学でのTAVIは最新の機器を備えた「機能強化棟」の完成を待って開始します。日本各地やヨーロッパで経験を積んだエキスパートが集結しベストを尽くした治療を提供します。藤田知之も日本の最初の治験(2011年)から携わっているので、「機能強化棟」の完成の2023年10月が待ち遠しいです。
TAVIは主に大腿動脈(足の付け根の動脈)から直径約5mmの細いカテーテルを逆行性に進めていき大動脈弁に至ったところで押し広げて留置してきます。手技の時間そのものは1時間程度で侵襲(体の負担)が小さいのが特徴です。開心術ではないので大動脈弁の石灰化が取り除けないのが弱点ですが、5年までの成績ではAVRと遜色がないことが示されており、なんといっても体の負担が少ないので日常生活へ容易に戻ることができます。比較的高齢者の患者さんやリスクの高い患者さんに向いた治療といえます。
東京科学大学では、いずれの治療を選択するにせよ患者さんの状態を考え、患者さんのご希望をお聞きしてみんなで決める「Shared decision making」を大切にします。「機能強化棟」の完成までは近隣の連携施設でTAVIを行なっていただいています。
② 大動脈弁閉鎖不全症の病態と治療法
大動脈弁閉鎖不全症は最近増加している病気で、大動脈弁を構成している弁尖(弁の膜のこと)が落ち込んだり隙間が開いて逆流したりする病気です。放置すると心機能が悪化し心不全になります。私たちが経験した500例以上の経験から見ると、悪化する前に治療するのが良い予後をもたらします。早めにご相談ください。治療法はTAVIの適応はなく、AVRと弁形成術です。弁形成術は僧帽弁の形成術ほど長期成績に優れているというデータはありませんので、特定の患者さんにのみ行います。大動脈弁閉鎖不全症の患者さんは動脈硬化が強くないことが特徴ですので、良いMICSの適応です。
2)僧帽弁閉鎖不全症
① 僧帽弁閉鎖不全症の病態と治療法
僧帽弁閉鎖不全症の多くは変性疾患に伴うもので、僧帽弁を構成している腱索という弁を支えるロープのようなものが切れたり伸びてしまったりすることで起こる病気です。また、弁輪が拡大することでも引き起こされます。この病気は比較的若年に見つかります。以前に比べて階段を登ると息切れがするとか体力がなくなったな、と感じるのは加齢ではなく僧帽弁閉鎖不全症かもしれません。ぜひ検査を受けてください。聴診とエコー検査で評価できます。
僧帽弁閉鎖不全症は弁置換術も行いますが、形成術がおすすめです。形成術は弁置換術に比べて手術死亡率が低く長期成績も良いというデータがたくさんあります。ただし、僧帽弁形成術は技量と経験が必要ですのでエキスパートの治療を受けることがおすすめです。私たちは(これまでの医療機関で経験した症例数)1000例以上の経験がり、そのうち600例をロボット手術またはMICS手術で行いました。患者さんの満足度が高いことが特徴です。
② MICS手術とロボット手術
ロボット心臓手術は「機能強化棟」の完成を待って行います。東京科学大学には手術ロボットが3台以上配置され日本有数のロボット手術センターです。藤田知之は500例以上のロボット手術を経験し、日本ロボット外科学会の国際A級ライセンス(日本で3名のみ)を有しています。ロボットやMICSの有利性は写真のように僧帽弁が正面によく見えることです。それによって正確な手術ができます。詳しくは直接説明いたします。
3)心房細動に対する外科治療
心房細動に対する治療は①心房細動を直すこと、②左心耳を閉鎖すること、に分かれます。心房細動は心不全の原因となるだけでなく脳梗塞の原因となります。心房細動は弁膜症に伴うことが多いです。心房細動を治療する手術はメイズ手術と言います。図に示された青のラインを電気的に切断(アブレーションという)することで洞調律を取り戻します。一方で、左心耳はその中に血栓ができやすく脳梗塞の原因となるので左心耳を閉鎖することは重要です。今は簡単に外からクリップすることで閉鎖することができます。
よくある質問
- 治療の選択や弁の選択には、患者さんの希望は通るのですか?
- もちろんです。患者さんの考えが一番重要です。私たちは専門家として最新の知識を患者さんと共有することで、最良の治療を一緒に探します。
- ハートチームってなんですか?
- ガイドラインでも強く推奨されています。ハートチームでは内科医と外科医が中心となって、時には麻酔科医、看護師、臨床工学技士などもチームに入り、患者さんの診断、治療方針を相談します。色々な方向から考えることによって、患者さんにとってより良い治療の選択ができます。その上で患者さんと相談し最終的な治療方針を決めます。
- MICS手術ではどこを切るのですか?
- 僧帽弁の場合は右の脇の下を切開します。大動脈弁の場合は右の前胸部を切開します。キズの大きさは6-7cmくらいです。
- 手術の前の検査はたくさんあるのですか?
- そうですね。まず弁膜症の精密検査のために、エコー検査、必要に応じて運動負荷エコー検査や経食道エコー検査があります。さらに心臓手術をするために(手術中のリスクを評価するために)冠動脈の造影検査があります。カテーテルで行うか造影CTで行うかはご相談させていただきます。その他、血液検査やレントゲン、心電図、全身のCTなども大切です。
- 手術は医科歯科大学で受けたいのですが、遠方です。外来は地元でも良いですか?
- 遠方の患者さんは基本的に手術が終われば医科歯科大学へも来ていただきますが、地元でフォローアップしていただきます。紹介いただいた先生と密に連絡を取り医科歯科大学へ通う回数を減らして患者さんの負担を減らします。
- 手術時間は何時間ですか?
- 種類によります。一般的に8時15分に入室し、準備を整え執刀開始が10時ごろです。手術時間が4時間であれば、きれいに整えたのち、ICUで御面会いただくのは3時ごろとなります。詳細な時間は担当医から説明いたします。