大動脈疾患

1.当科の特徴

大動脈の手術には、従来から行われている人工血管置換術と、低侵襲なステントグラフト内挿術があります。東京医科歯科大学では、人工血管置換術においては豊富な経験と実績があり、ステントグラフト内挿術も早くから導入し、良好な成績を得ています。現在ステントグラフト指導医3名、実施医3名体制で緊急を含めあらゆる疾患に対応いたします。

また、我々は大動脈手術の低侵襲化を目指し術式の研究、開発を行っており、人工血管置換術とステントグラフト内挿術それぞれの長所を生かし、2つの術式を組み合わせた手術(ハイブリッド大動脈手術:後述)を積極的に行っています。

2.大動脈の病気

大動脈瘤と大動脈解離

大動脈は、心臓から送り出された血液を全身へ運ぶ人体の中で最も太い血管です。この大動脈が拡大または突出した状態が大動脈瘤で、通常自覚症状はありませんが。万が一破裂した場合死亡率が非常に高い疾患です。

大動脈瘤は大きくなるにつれ破裂のリスクが高まります。あまり大きくない場合は、血圧をコントロールして経過観察を行いますが、大動脈瘤は薬物治療で小さくなることはなく、根本的な治療は外科手術になります。動脈瘤の大きさが胸部で約6㎝、腹部で約5㎝を超えた場合、破裂の危険性が高くなりますので、外科治療をお勧めしています。このほかに、大動脈瘤の場所や形、拡大の速さ、遺伝的な要因などによっては早めの手術をお勧めする場合もあります。

大動脈解離は、大動脈の血管壁が裂け、本来の血液の通り道(真腔)のほかに別の通り道(偽腔)ができた状態です。大動脈解離は何の前触れもなく突然発症し、胸や背中に激痛が走ります。解離した血管は薄くなり破裂や出血してしまうことや、偽腔により真腔が圧迫されて心臓や脳、腸管などの臓器虚血を起こしてしまうこともあります。

3.大動脈の手術

大動脈を人工血管に置き換える手術(人工血管置換術)やステントグラフト内挿術を行います。それぞれに長所と短所があり、全身状態をよく調べて最も適した治療法を選択します。

人工血管置換術

人工血管置換術は従来から行われている標準的な方法で、大動脈瘤を切除し人工血管に置き換える手術です。胸やお腹を切開して大動脈瘤に到達し、瘤の前後で血流を遮断して柳を切開し人工血管を縫合します。血流を遮断している間は体外循環を用いて低体温法や臓器を直接還流するなどの方法を併用して臓器を保護します。

瘤がなくなるため追加で治療が必要となることはほとんどありませんが、傷は大きく手術の負担は小さくなく、高齢の方や持病を多く持つ方では慎重に行う必要があります。

ステントグラフト内挿術

ステントグラフトは人工血管にステント(金属の骨格)が取り付けられており、大動脈瘤の前後の血管壁にステントが拡張する力で固定されます。これにより大動脈瘤へ血液が流れなくなり、破裂のリスクを低下させます。ステントグラフトは細いカテーテルに収納された状態で脚の付け根の動脈から大動脈瘤に向かって挿入し、目的の位置で展開します。

傷は小さく、入院期間も5~7日と短く低侵襲であることが利点ですが、追加の治療が必要となる場合があります。

4.ハイブリッド大動脈手術(人工血管置換術+ステントグラフト手術)

当院では人工血管置換術とステントグラフト内挿術を組み合わせ、それぞれの長所を生かしたハイブリッド手術(複合手術)を積極的に行っています。

広範囲にわたる大動脈瘤や頭部への血管を巻き込んだ大動脈瘤など、ステントグラフトのみでは対応できない病変に対し、大動脈の一部を人工血管に置換し、あるいは頭部血管のバイパス術を行ったうえで残りの部分にステントグラフトを使用します。これにより身体への負担の軽減とて合併症の予防を図り、早期の回復を目指します。

症例1 上行部分弓部置換術+ステントグラフト内挿術

(Journal of Endovascular Therapy 2022, Vol.29(2)204₋214)

上行大動脈から下行大動脈にわたる広範囲の動脈瘤に対し、一部を人工血管に置換し、脳へ血流を再建したうえでステントグラフトを挿入することで広範囲の病変を一期的に治療することを可能とします。

症例2 オープン型ステントグラフトを用いた弓部置換術

大動脈瘤が深い位置にあり通常の人工血管置換術では到達が難しい症例や、大動脈解離の症例に対し、オープンステントグラフトを用いたハイブリッド手術を行います。大動脈解離に対する手術では、この方法を行うことで残った動脈瘤の再手術リスクを低下させたり、真腔の狭窄による還流障害を改善させることができます。

よくある質問

大動脈瘤や大動脈解離ではどのような症状が出ますか?
大動脈瘤は症状を感じないまま大きくなる場合がほとんどです。胸部大動脈瘤では「声がかすれる」、「ものが飲み込みづらい」などの症状から見つかる場合もあります。大動脈瘤は症状がなく、気づかないうちに大きくなって破裂すると、激しい胸や背中の痛みが起こり、危険な状態となり命を落とす可能性が高くなります。
大動脈解離は、突然発症し胸や背中の激痛を伴うことが特徴的です。
大動脈瘤は薬で治りますか?
現在のところ大動脈瘤を治す薬はありません。まだ瘤が小さいうちは血圧をコントロールし、経過を見ることもありますが、ある程度の大きさになると破裂のリスクが高くなるため、手術治療をお勧めしています。
私の大動脈瘤はステントグラフト内挿術で治せますか?
年齢や合併症の有無などに加え、大動脈瘤の形態がステントグラフト治療に適しているかどうかなどを考慮し、総合的に判断します。人工血管置換術とステントグラフト治療の長所を生かし、最善と思われる治療法を提案させていただきます。
大動脈解離に対して低侵襲治療(ステントグラフト内挿術)は行わないのですか?
A型解離(解離が上行大動脈にある)は基本的には緊急手術の適応となり、人工血管置換術を行います。遠隔期の瘤拡大予防や、真腔の拡大を目的にオープンステントグラフト内挿術を組み合わせた手術を行う場合もあります。B型解離に対しては、臓器への血流の維持や大動脈の拡大予防を目的としたステントグラフト内挿術が適応となる場合があります。
どれぐらい入院する必要がありますか?
手術予定日の2~3日前に入院いただき、人工血管置換の場合は手術後約2~3週で退院となります。ステントグラフト手術の場合は、手術後3日から1週間で退院となります。