先天性心疾患・その他
先天性心疾患(小児の心臓手術)について
1. はじめに
小児の心臓病には様々な種類があり、手術の方法や時期が患者さんごとに異なります。また心臓病の種類によって1回の手術で治すもの(根治手術)もあれば、1回の手術で治さずに肺や心臓の負担をとる手術(姑息手術/準備手術)を行ってから数年にわたって段階的に治すものもあります。
このような様々な心臓病について、当科では小児科循環器グループ、新生児グループと密に連携をとり、手術が必要な部分はどこか、手術の時期はいつにするかについて患者さんに最適な治療を検討します。その情報を患者さん家族にご説明し、ご同意いただいた上で治療を行っています。
また、2020年度より新生児の心臓病のお子さんにも対応しております。
A. 姑息手術(準備手術)
複雑な心臓病の場合、1回の手術で治すのではなく、数回に分けて治す場合があります。この1回目の手術を姑息手術(準備手術)と言います。新生児期を含めた小さなお子さんにとって複雑な心臓病を人工心肺を用いて1回の手術で治すことは心臓と身体にとって非常に負担となります。そのため、まず姑息手術を行って肺血流量を適切に調整する事で、心臓、肺、身体の成長を促します。その後、安全に根治術を行うことを目指します。姑息手術(準備手術)には主に2つの手術があります。
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BTシャント手術(体肺動脈短絡術)(図1):ゴアテックスの人工血管(直径3-5mm)を用いて動脈と肺動脈をつなぎ、肺血流を増加させる手術です。これにより肺血管、心臓の成長を促します。
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肺動脈絞扼術(バンディング手術) (図2):心室中隔欠損症や房室中隔欠損症など過剰な肺への血流が肺血管、心臓の負担となっている場合、肺動脈の周りにバンドを巻いて適度に締め、肺動脈に血液が流れすぎないようにする手術です。当院では太いゴアテックスの糸を投げ縄状にして肺動脈に巻きつけて、肺動脈径を細かく調整できるような術式をとっています。
B. 根治手術
心臓病の原因を取り除き、血液の流れを正常にする治療です。代表的な手術として、心室中隔欠損症、心房中隔欠損症に対する欠損孔の閉鎖術があります。ほとんどの根治手術で人工心肺を用いて心臓の中の手術を行います。
2. 病気と治療
当院で対象とする小児の心臓病とその手術内容については以下のようになります。
心房中隔欠損症(Atrial Septal Defect : ASD) (図3)
右心房と左心房の間の壁である心房中隔が一部欠損しているために、左心房から右心房に余分な血液が流れ、肺、心臓に負担がかかる心臓病です。手術は人工心肺を使用して欠損した心房中隔を直接縫い閉じるか、パッチ(自分の心膜:自己心膜)を欠損部分に縫い付けます。通常、胸の真ん中を切る胸骨正中切開で手術を行いますが、当院では胸の真ん中に傷が残らないように右胸を切開して行う(右側開胸)手術も選択できます。
心室中隔欠損症(Ventricular Septal Defect : VSD) 図4
左心室と右心室の間の壁である心室中隔が一部欠損しているために、左心室から右心室の余分な血液が流れ、肺、心臓に負担がかかる病気です。通常は上記の心房中隔欠損症よりも早い時期に症状が出現します。 病状により手術のタイミングが異なります。
a. 心不全、肺高血圧症が認められる場合
心臓・肺への負担をなくすために乳児期のうちに手術が必要になることがほとんどです。人工心肺を使用して心室中隔の欠損分にゴアテックス製のパッチを縫い付けることにより欠損部分を閉鎖します。
新生児期のうちに心臓・肺の負担が強く出てしまっている際には上記の肺動脈絞扼術を行います。この手術によって心臓・肺の負担をとりながら、成長を待って乳児期に根治手術を行います。
b.大動脈弁逸脱・変形が認められる場合
心臓・肺への負担が強く出ないものの、大動脈弁の逸脱(変形)が見られる場合、この状態をそのままにすると大動脈弁の変形が高度になり大動脈弁逆流を引き起こす危険性があります。逆流が悪化した場合、大動脈弁に対しても手術が必要になってしまいます。そのため、当院では大動脈弁逸脱(変形)が見られたら速やかに手術することをお勧めしております。
房室中隔欠損症(部分型・完全型)(Atrioventricular Septal Defect : AVSD)
部分型の場合は心房中隔の欠損のみですが、完全型では心室中隔にも欠損部位があります。そのため完全型では早期に心臓・肺に負担がかかります。当院では完全型の場合は新生児-乳児期早期に肺動脈絞扼術を施行して、成長を待ってから欠損部分を閉じる根治手術を行う方針を基本方針としています。
部分型・完全型いずれも弁逆流を合併することが非常に多いことが知られています。そのため根治手術の際には弁形成術を同時に行います。
ファロー四徴症
肺動脈弁下・弁・弁上が狭くなり、肺に血液が流れにくくなっています。酸素の少ない青い血液の一部が心室中隔の孔を通って右心室から左心室に流れ込み、大動脈から全身へ流れています。そのためチアノーゼが生じています。同様に血液に混入した病原体が脳や全身に流れやすくなっています。
同じファロー四徴症でも右心室から肺動脈弁、肺動脈にかけての形態, 大きさで治療方針が大きく異なります。肺動脈の成長が不十分な場合は上記のBTシャント手術を乳児期に施行する必要があります。
当院では根治手術の際に可能な限りご自身の肺動脈弁を温存する術式をとっております。
肺動脈弁も含めて置換が必要な際には遠隔成績が安定しているゴアテックスの弁が付いた人工血管を使用します。
(参考文献 : Miyazaki T., Yamagishi M., et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2018)
部分肺静脈還流異常症
肺から戻る血管(肺静脈)の一部が、左心房ではなく他の静脈につながっています。正常よりも多くの血液が右心房に流れ込み、心臓の負担となっています。
従来の術式では遠隔期に肺静脈の狭窄や不整脈の合併が多い事が報告されています。当院ではこれらの合併症が少なくする術式(Double-Decker法)を採用しております。
(参考文献 : Hongu H., Yamagishi M., et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2019)
動脈管開存症
動脈管を通って血液が大量に大動脈から肺動脈に流れ込み、その先の肺と左心房・左心室の負担となっています。そのため心不全状態となっています。また肺の血圧が上昇する肺高血圧症となる事があります。
当院では体重が1000グラム以下のお子さんにも対応致します。
その他
・総肺静脈還流異常症
・大動脈縮窄症
・大動脈弓離断症
などにも対応しております。上記疾患をお持ちのお子さんがいらっしゃる方は当院へご相談ください。
3. 成人先天性心疾患
上記のような心臓病を小児期に手術をしたお子さんが成長し、成人になってから再度手術が必要になる患者さんが近年増加傾向です。成人先天性心疾患は一般的な成人の心臓病(狭心症、弁膜症など)と違い、20歳代から40歳代の若い患者さんが多いことが特徴です。また、症状が出にくいことも多いため、症状が出た時にはかなり病状が進んでいることもあります。
もともと上記のような根治術という言葉が使われていたため、これによって患者さん本人やご家族がもう治療が必要なくなったと考え、外来通院していない方も数多くいらっしゃると思います。
小児期に心臓手術を受けた患者さんには定期的に外来受診をしていただき、必要な場合には検査を受けて心臓の状態をしっかり評価していくことが重要です。
当院では成人先天性心疾患に対する外科治療にも積極的に取り組んでおり、特に弁膜症を伴う症例に対しては積極的に自分の弁を温存する弁形成術を行い、良好な成績を得ております。
(参考文献 : 重複僧帽弁口症に対する弁形成術(Takeshita M., Arai H., et al. J Thorac Cardiovasc Surg. 2018
パラシュート僧帽弁に対する弁形成術(Takeshita M., Arai H., et al. J Heart Valve Dis. 2017)
小児期に根治術が施行された後に再度手術が必要となる疾患として特に、
・ファロー四徴症根治術後
・房室中隔欠損症(完全型・部分型)根治術後
といった心臓病は、成人になってから弁膜症を発症しやすいことが知られています。症状が特になくとも心臓エコー検査などを受けていただき、ご自身の現在の状態を評価することが重要です。
成人になってから再度手術が必要な場合は、上記の弁膜症のみならず、成人特有の心臓病(冠動脈狭窄、大動脈瘤など)の評価も必要となりますが、当院は成人心疾患に関して長い歴史、経験を持ち、先天性心疾患と同時に評価、手術を施行することが可能な施設です。
当院は成人先天性心疾患に精通した循環器内科医師も常駐しております。小児期に心臓病の手術を受けて現在外来通院されていない患者さん、通院されていても心臓エコー検査をしばらく受けていない患者さんは是非とも当院で検査を受けていただくことをお勧めいたします。
4. 手術症例(図5)
私たち心臓血管外科では中断していた小児心臓手術を専門のチームを整えて2014年から再開致しました。大学病院という特徴を生かして、様々な関連部署と協議/協力を重ねながら安全に手術・術後管理が行える環境づくりに重点をおいて、診療を行ってまいりました。まだ2014年の手術再開以降、手術死亡例はなく、良好な手術成績を得ています。今後も安全な手術・術後管理を心がけるのと同時に、患者さん・ご家族に十分にご理解いただけるよう丁寧な説明を行い、症例を重ねていこうと考えております。
図5 . 当院の手術症例疾患割合
5. 先天心疾患に関連した業績
(論文発表)
- Takeshita M, Arai H, Mizuno T, Yashima M. Successful mitral valve repair involving division of bridging tissue in a patient with double orifice mitral valve. J Thorac Cardiovasc Surg 2019; 157: e293-5
- Takeshita M, Mizuno T, Yashima M, Oi K, Kuroki H, Fujiwara T, Oishi K, Kubo T, Arai H. Surgical Repair of an Arch and Descending Aortic Aneurysm in a Child. Ann Thorac Surg. 2019; 108: e315-7
- Yashima M, Yamagishi M, Yaku H. Long-term results of bay window technique for coronary translocation of the arterial switch operation. World Journal for Pediatric and Congenital Heart Surgery. 10(2), 151-156, 2019
- Takeshita M, Arai H, Mizuno T, Oi K, Yashima M. Mitral Valve Repair for Mitral Regurgitation with Congenital Anomalies of the Papillary Muscles. J Heart Valve Dis. 2017 Nov; 26(6): 688-692
著書(分筆)
- 八島正文、山岸正明、中山力恒、影山京子、志馬伸朗、溝部俊樹、黒光弘幸、IV-6 Aortic translocation手術と体外循環法、心臓手術の実際、秀潤社、3巻、247-260、2014
(学会発表)
- Takeshita M., Arai H., Mizuno T., Oi K., Yashima M., Hachimaru T., Nagaoka E., Kuroki H., Tasaki D., Fujiwara T., Kinoshita R. Left atrioventricular valve repair in adult partial atrioventricular septal defect cases. The 25th Annual Meeting of the Asian Society for Cardiovascular and Thoracic Surgery, Seoul, Korea, 24 Mar 2017
- Takeshita M., Yashima M., Mizuno T., Oi K., Hachimaru T., Nagaoka E., Kuroki H., Tasaki T., Fujiwara T., Kinoshita R., Arai H. Successful Mitral Valve Repair involving Division of Bridging Tissue in a Patient with Double Orifice Mitral Valve. AATS Mitral Conclave 2017, New York, USA, 27 April 2017
- Takeshita M., Mizuno T., Oi K., Yashima M., Hachimaru T., Watanabe T., Kuroki H., Fujiwara T., Sakurai S., Kinoshita R., Arai H. Left Atrioventricular Valve Plasty for Partial Atrioventricular Septal Defect Cases in Adult. AATS Mitral Conclave 2015, New York, USA, 23 April 2015
- 八島正文, 水野友裕, 竹下斉史, 久保俊裕, 大井啓司, 黒木秀仁, 藤原立樹, 大石清寿, 奥村裕士, 鍋島惇也, 荒井裕国 ファロー根治術後遠隔期の三尖弁逆流に対する三尖弁形成術 第49回日本心臓血管外科学会学術総会 岡山 2019年2月11日
- 八島正文, 山岸正明, 水野友裕, 竹下斉史, 久保俊裕, 大井啓司, 黒木秀仁, 藤原立樹, 大石清寿, 鍋島惇也, 荒井裕国 フォロー四微症術後の遺残部分肺静脈還流異常, PSR, TR, APに対しWarden変法, 右室流出路再建, TVP, CABGを施行した一治験例 第55回日本小児循環器学会総会・学術集会 北海道 2019年6月28日
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