低侵襲心臓手術について

1. はじめに

 従来、心臓の手術は”胸骨正中切開という胸の中心を切開し、胸骨という胸の中心にある骨を切る方法が主流でした。この方法は心臓のあらゆる場所を直接見て触れる事ができるため,安全で確実な方法と考えられて来ました。一方で、大きな傷が残り、Vネックなどのシャツを着ると傷が見えてしまうという問題もありました。術後3-6ヶ月間,荷重制限(10-15 kg以上の物を持ち上げない)があり、社会復帰な妨げとなっていました。胸骨感染(近年当院ではほとんど発生していませんが,一般的な報告では1~5%の発症)の危険性もありました。

  •  これらの弱点を補うため低侵襲心臓手術(Mini mally Invasive Cardiac Surgery: MICS)は近年目覚しく発展し注目を集めています。MICSにより輸血率が低がり、ICU滞在と入院期間が短くなり、社会復帰までの時間も短くなることは科学的に証明されています。

     ただし視野は制限され,人工心肺法も通常と異なるため全ての方にこの手術が適応できるわけではありません。当院ではこの方法を2016年から適切な症例を選びながら導入しております。2019年より海外で多くの症例を経験したスタッフも加え、より正確で耐久性のある手術を提供しています。

  • MICS術後の創部

2. 病気と治療

・僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術(MICS-MVP)

 最近の人工心肺法や手術器機、そして内視鏡カメラなど,技術の発達により安全に低侵襲心臓手術が可能となりました。高精細な三次元画像(3D画像)が目の前のモニターに拡大して表示されるため,あたかも目の前にその物があるかの様に手術する事が出来るようになりました。もちろん実際には深いところにあるので、時間も慣れも必要ですが、実物より大きく細部まで見る事ができるという利点があります.特に僧帽弁は心臓の裏側に位置しており,僧帽弁の正面に近い、体の横側からアプローチし細部まで詳細に観察できます。病変のタイプや病状によって適応は異なりますのでまずはご相談ください。

  • 内視鏡で観察した僧帽弁

  • 人工腱索を使った弁形成術

  • 僧帽弁形成術中の内視鏡画面

  • 内視鏡画面を見ながら手術を行う様子

・冠動脈狭窄症(狭心症)に対するMICS-CABG

  • (低侵襲冠動脈バイパス術: Minimally Invasive Cardiac Surgery - Coronary Artery Bypass Grafting)
     冠動脈バイパス(CABG)は通常1-5本程度の冠動脈にバイパスとして他の血管を繋げますが、その中でも最も重要なバイパスと考えられているのが左内胸動脈(LITA)を用いた左前下行枝(LAD)へのバイパスです。内胸動脈は「神様がバイパスのために作った血管」と言われるほどバイパスに適しており位置,性状,耐久性いずれにおいても申し分ありません。

 冠動脈バイパスも以前から胸骨正中切開で行っていますが,人によっては前述の左前下行枝(LAD)へのバイパスだけ(もしくはその周囲へのバイパス)で済む方もいます.この場合,胸の中央部を切る従来のCABGより,胸の左側を切る低侵襲冠動脈バイパス(MICS-CABG)方が心臓に到達しやすく小さな傷で手術ができます.ただし心臓の血管が細く埋もれているなど様々な理由で中央部からの大きな傷で手術しなければいけない場合もあるので手術前に造影CTなどの検査が必要です.当院では内視鏡を併用することにより安全性を高め,適応できる方には積極的にこの手術法を提供しております。

  • テンタクルズNeoというデバイスはこのMICS-CABGのために当科が開発した製品です。従来の製品より小さなプロファイルで構成されており、小さな穴を通すこともできるため限られた傷から行うMICS CABGに最適化されています。これまでこの手術で欠点とされた吻合部が限定される問題を大きく改善します。心臓の裏側の血管も見えることができるようになるため本術式の適応も広がります.アメリカ(FDA)での承認も得られたため,欧米でも多くの手術で使用されると考えられます。

  • テンタクルズNeo

  • ヘッドマウントディスプレイ内視鏡を併用した低侵襲冠動脈バイパス術

  •  近年はカテーテル治療の成績も安定してきており、病状によっては手術が良いかカテーテル治療が良いか難しいこともあります。当院では循環器内科と密に連携をとりながらカンファレンスで手術とカテーテルとどちらの治療を選択するか,場合によっては両者を組み合わせるハイブリッド冠動脈血行再建(Hybrid Coronary Revascularization: HCR)を提供しております。

3. 低侵襲手術に関する主な業績

[学会・研究会・セミナー主催]

  • 1. 第71回 日本胸部外科学会学会定期学術集会 グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール 2018年10月3日~6日
  • 2. 第10回 日本心臓弁膜症学会学術集会 浜松町コンベンションホール 東京2019年11月29日~30日
  • 3. 第4回 日本低侵襲心臓手術学会学術集会 浜松町コンベンションホール 東京 2019年7月20日

[学会]

<国際学会 -招待講演->

  • 1. Arai H. Minimally Invasive Valve Surgery. The 23rd ASEAN Federation of Cardiology Congress, Bangkok Thailand, 28 Sep 2018

<国際学会>

  • 1. Mizuno T, Fujiwara T, Kuroki H, Arai H. Development of a Heart Positioner for MICS CABG: Tentacles Neo. 2018 ISMICS Annual Scientific Meeting, Vancouver Canada, 15 Jun 2018

<国内学会>総会

  • 1. 水野友裕, 大井啓司, 八島正文, 八丸剛, 長岡英気, 黒木秀仁, 藤原立樹, 竹下斉史, 木下亮二, 荒井裕国 (ワークショップ) 当院での MICS CABG 標準化に際し解決すべき問題点 第22回日本冠動脈外科学会学術大会 大阪 2017年7月14日
  • 2. 水野友裕, 大井啓司, 八島正文, 八丸剛, 黒木秀仁, 藤原立樹, 竹下斉史, 櫻井啓暢, 久保俊裕, 荒井裕国 MICS CABG 対応ハートポジショナーの開発 第23回日本冠動脈外科学会学術大会 和歌山 2018年7月12日
  • 3. 荒井裕国 保険収載に向けての課題と取り組み 日本低侵襲心臓手術学会総会第1回学術集会 大阪 2016年7月2日

<座長>

  • 1. 荒井裕国 特別講演 State of Art of MICS Surgery 第3回日本低侵襲心臓手術学会学術集会 大阪 2018年7月7日
  • 2. 荒井裕国 テクノアカデミー 弁膜症治療の最新技術 第71回日本胸部外科学会定期学術集会 東京 2018年10月6日
  • 3. 荒井裕国 Video Session (MICS Summit) 第8回日本心臓弁膜症学会 東京 2017年11月24日
  • 4. 荒井裕国 Coronary Revascularization. ISMICS 2016 Winter Workshop, Kyoto, Japan, 28 Oct 2016

[講演]

  • 1. 水野友裕 Tentacles NEO開発の経緯 第71回日本胸部外科学会定期学術集会 ランチョンセミナー 東京 2018年10月6日

[原著]

  • 1. Nagaoka E, Gelinas J, Vola M, Kiaii B. Early Clinical Experiences of Robotic Assisted Aortic Valve Replacement for Aortic Valve Stenosis with Sutureless Aortic Valve. Innovations (Phila). 2020 Jan/Feb;15(1):88-92. doi:10.1177/1556984519894298. Epub 2020 Jan 1. PubMed PMID: 31893953.
  • 2. Nagaoka E, Sato K, Hage A, Bagur R, Harle C, Asopa S, Kiaii B. Rescue Balloon Aortic Valvuloplasty After Sutureless Aortic Valve Replacement for Severe Paravalvular Leak. Innovations (Phila). 2019 Oct;14(5):476-479. doi:10.1177/1556984519864938. Epub 2019 Sep 30. PubMed PMID: 31570026.